「それじゃあ、行こうか」

 三鬼は、疲れを滲ませた声でそう告げた。

 ゆっくりと歩き出したその後ろ姿を見つめていた智久が、少し申し訳なさそうに微笑む。宮橋は、彼の頭にそっと手を置いて「行こうか」と小さく促した。智久を見下ろす宮橋の整った綺麗な顔には、ひどく残念そうな表情が浮かんでいた。

「僕は、大丈夫ですよ、宮橋さん」

 宮橋は歩き出しながら、三鬼の背中へ視線を移し、どこか遠い記憶を探すような表情で「そうか」と呟いた。智久が「はい」と答えて、ひどく幸せそうに微笑んで小さな手を胸に当てた。

「僕は、一人じゃないから」

 もう、あとは帰るだけですから――そう続けた智久の手を、宮橋は前を見据えたまま握りしめた。


――君の心は、もう『こちら側』の世にはないんだな。そうしてまた、僕だけが置いて行かれるんだ…………


 何か小さな呟きが聞こえたような気がして、三鬼は肩越しに二人を振り返った。

「なんだ、手を繋いでんのかよ。……お前は馬鹿力持ちだし、じゃあ手錠は要らねぇな」
「任意で連行されている学生相手に、それは酷だろう。君は鬼畜か」

 宮橋が片眉をつり上げた。三鬼は怪訝面で鼻を鳴らし、「容疑者の前で無駄口叩くなよな」と返しながら、窮屈なネクタイを指で少し緩めた。この後にも、やるべき仕事が多々残っているのだ。考えるだけでもげんなりしてしまう。