その時、人の気配が戻った国道に入っていた彼が、不意にギアを切り替えるのが見えた。その瞬間、真由は身に染みついた条件反射のように「え」と乙女あるまじき声を上げて思考ごと硬直していた。

 つい少し前に感じた、後ろに引っ張られるような急発進の加速を覚えて、まさかと思って「みみみみみ宮橋さん?」と、つい上ずり引き攣った声で尋ねてしまう。

「あの、まさかとは思いますが、これって……?」
「ははは、君はいちいち反応が面白くて愉快だな。僕の名前に『み』は一つしか付かないぞ」
「そういう問題じゃないし、なんでそんないきなり楽しそうにしてるの――ってひぃぇええええええ! 一気に二十キロも加速したんですけど!?」

 真由の返答も待たずに、車は更にぐんっと加速した。宮橋の運転する黄色いスポーツカーは、気付いて驚いたように道を開ける車を追い越しながら猛スピードで進む。

「そうやってシートベルトを掴んでいると、どこかの小動物みたいだなぁ。おい、足を上げるな。余計に危ないし、太腿が見えるぞ」
「いやああああああああ! 宮橋さんお願いですからッ前見て前!」
「ふむ、なんだろうな――泣かしたくなってくるんだが」
「ちょ、真面目な横顔でさらりと何言ってんですかッ。あんたはドSなんですか!? チクショーこの状況でよくもまあそんな事が言えますね、美形だからってなんでも許されると思うなよ一発ぶん殴らせてくださ――って、ふっぎゃあああああああ!」
「ははははは、まるで拾いたての猫みたいだな。君の口の悪さも、まぁまぁ嫌いじゃない」

 宮橋の愉快そうな笑い声が響く中、接触すれすれに車が追い越されて、真由の口から半泣きの本気の悲鳴が上がった。