あの黒い笑顔は、本気でヤる顔だ。何せこれまでの、乙女に対してとは思えないくらいの容赦ない態度と行動を思い返すと、彼ならマジでガムテープで口を縛ってくるのではなかろうか、と思えてならないのである。

 焦りつつ携帯電話を操作して、ようやく発信ボタンを押そうとした時、宮橋の胸元で携帯電話が小さく震えた。彼はブレーキを踏むと一旦畑道のど真ん中に停車させ、右手をハンドルに置いたまま、左手でそれを取り出して画面をチェックする。

 途端に、彼の端正な顔に、嫌なものを見たような表情が浮かんだ。

 何度か見た事のある表情である。既視感を覚えて待ち構えていると、彼は案の定携帯電話をこちらに投げて寄越してきた。ハンドルに額を押し当て、溜息と共に「君が取ってくれ。面倒だ」と告げる。

 着信が続く携帯電話の画面には、『三鬼』という名が表示されていた。真由は「自分で話したほうが早いんじゃ……」と呟いてチラリと見つめ返してしまったが、宮橋の睨みに負けて、続く言葉を飲み込んで電話に出た。