「あれは、自然災害に見舞われて不作だった年でした。夫が一人、そこの縁側に座って独り言を呟いていたのです」

 言いながら、カヨがそちらに手を向けた。

「夫は『出来るのか』、『それは違う』、『ほぉ、お前にも出来ない事があるのか?』と、まるで誰かを挑発して話しかけているみたいでした……怖くなって私が声を掛けると、こちらを振り返って、彼はにっこりと笑いました。『もう大丈夫だ』と、そう言うんです」

 まるで長年続いていた悩みがなくなったみたいに、あんなにスッキリとした優しげな笑顔を見たのは初めてだった、とカヨは言った。

「不思議な事に、その後この地域に残されていた農家の畑は、全て例年にないほどの豊作となりました。おかげで、どの家の農地も潰れる事がなく、全員で良かったと手を叩いて祝ったものです。……けれど、その最後の収穫を終えた翌日、いつものように起こしに行くと、夫は布団の上で亡くなっていたのです」

 カヨの瞳から、ぽろぽろと涙が零れ始めた。真由もうっかり涙ぐんでしまったが、慌ててポケットに入れていたハンカチを取り出して、彼女に「使ってください」と言って渡した。