「時々、ハッとしたように顔を上げて『ああ、君だったのか、ごめん』と言うのが彼の口癖で、その時は気に留めておりませんでした。子供が生まれて話せるようになった頃から、『聞こえない問いかけはないか』、『あっても絶対に答えてはいけない』と、確認のように何度も言い聞かせる姿を見掛けるようになって、少し変だなと……」

 でもその頃は、まだ違和感を覚えていなかったらしい。冷茶の味も分からなかった真由は、カヨが語る話の続きでそれを知った。

「この辺りの地域では、丑三つ時に霊が声を掛けるという迷信がありまして、それに答えてはいけないと、私たちも幼い頃から教えられてきました。だから私は、てっきり子供にその事を教えているのだろうと思ったのです」

「霊に名を呼ばれても、『応えてはいけない』という話は多いですね。初めの応答で、互いの存在を認め合うという行為は、こちらに接触したいと構えている相手を、自ら招くようなものですから」