中学の頃、彼にバットで強打されてから、智久は右耳の聴力が著しく弱くなった。その時は、自転車で転んでしまったと両親に伝えていた。亮と誠が「連れ添って送ってくれた友達」として家に来ていたのを覚えている。

 誠は、こちらを転がして蹴り踏みつける事が好きだった。ひどい時は、二時間彼に殴られ続けた。「お前ら、見張ってろよ」と聞き慣れた言葉は、すっかり耳にこびりついて離れない。

 眠るように意識が深い闇に沈んだ。身体の感覚がなくなって、五感も遠のいたのに思考は消えてくれず、気付くと智久は闇の中で瞬きを繰り返して、黒一色の空間の中に立ち尽くしていた。

「……僕は、夢を見ているのだろうか」

 再びぽつんと独りぼっちになったような虚無感に襲われたが、すぐに胸が満たされるような感覚が戻って、唐突に一つの答えが湧き起こった。その理解は化学反応のように連鎖して、魂に刻み込まれた『物語』と自身の全てを悟らせた。

「――そうか。そうだったのか、あれは『僕ではないモノの声』だったのか」

 そう呟いた智久は、三メートルほど離れた場所に見慣れた学生靴が見えて、ゆっくりと目を向けた。