後で会う約束をして、雪弥は騒ぎを知ってやって来た亜希子と緋菜に、その場を任せて一旦部屋を出た。

 扉を閉める宵月の向こうから、桃宮婦人の「お久しぶりです、随分前にあった緋菜様の誕生日以来ですわ」という、嬉しそうな響きの声が聞こえた。部屋を出たところで、つい賑やかな声を遮った扉を振り返る。

「以前は、よくここに足を運んでいたご夫婦だったんですね。亜希子さんも、すごく嬉しそうだ」
「あなた様も昔、桃宮夫婦と、その上のお子様方と、少なくとも数回はお会いしているはずなのですがね」

 宵月に確認されて、雪弥は記憶を辿ってみた。まるで覚えがなく、小首を傾げてしまう。

「う~ん、覚えてないなぁ……あんなに優しそうな夫婦の事なら、覚えていそうなんだけど」

 考えるそばで、宵月がふっと気付いた様子で鼻を寄せてきた。

「水槽の水にしては、匂いがないですね」
「ああ、確かに」

 そういえば淡水魚独特の匂いはないな、と雪弥は湿ったスーツの袖を嗅いだ。水槽は、持ち運び用に考慮されたシンプルなものであったし、水も入れ替えたばかりだったと桃宮の主人も口にしていた。