実をいうと、前々回の任務帰りだった彼の姿を、彼女は上の階で見掛けていた。

 黒いスーツとロングコートに身を包んだ彼は、血まみれだった。足音を響かせて歩いてくる姿に気付いて、廊下にいた他の屈強なエージェント達が、自分たちよりも小柄で細身の彼を避けるようにして道を開けた。

 仕事直後の彼と遭遇したのは、五年勤めてきて初めての事だった。肌に刺さる殺気だけで、奥歯が勝手にガチガチと震えたのを覚えている。

 特殊機関で、もっとも残忍で容赦がないと恐れられている一桁エージェント【碧眼の殺戮者】を目の前にして、彼女は廊下で一歩も動けなかった。アレが現場で仕事をしている時の、ナンバー4としての彼の姿なのだと知ったが、それでも。

「…………それでも私は、心優しいあなたを信じたいの」

 彼女は祈るように口にして、そっと目を閉じた。