「雪弥様は、彼に興味がおありですか?」

 不意に耳元で声が上がり、記事に集中していた雪弥は、うっかり「わぁッ」と声を上げて飛び上がった。
 ハッとして振り返った際、ここへ来てから自分に「僕は平凡なサラリーマンだ」と言い聞かせていた事に安堵した。後ろにいた宵月に少しの敵意もなかったのは幸いで、こちらの手が反射的にでも出なかった事にほっと息を吐く。

 もし、宵月に少しでも悪意や殺意があったとしたら、すっかり思い耽っていた雪弥は、きっと誰かも分からず彼を『反射的に殺して』しまっていただろう。

 そう自分を分析して、ふと、奇妙な違和感を覚えて首を捻った。自分の思考のどこかがおかしい気がしたのだが、その根拠や原因が途端に分からなくなった。

 そんな事を思っていると、宵月が上から「どれどれ」と言って、こちらが持っている新聞を覗きこんできた。

「ああ、この方ですか。大富豪の名家で、とても有名な方ですよ。中国企業ですが、二番目の母親が日本人であった事から、日本語もお上手らしく――榎林という方も、名家のうちの一つですね。彼は、本家を継ぐ事はありませんでしたが」

 確か伯父が当主をやっていらっしゃいましたね、と続けた宵月を、雪弥は目を丸くして見上げた。