雪弥は興味が別のところへと向いていたので、妹のそんな表情に気付かなかった。「そうだったね」と相槌を打つ彼の手元で、フォークでつつかれたケーキの上の苺が、バランスを崩して皿の上を転がり落ちた。

 幼い頃、母の紗奈恵とこちらを訪れた際、建物の左側にある部屋の一つを使った事はあった。トイレも風呂もついていたので、まるでホテルみたいだと思った事を覚えている。
 そこまで思い返したところで、雪弥はようやく妹に目を戻した。

「うん、そうだった。あの頃は、場違いな場所に来てしまったと思ったよ。トイレも馬鹿みたいにデカくて、何度使っても落ちつかなかったっけ」
「ふふふ、衣装棚いっぱいに服を揃えた時の紗奈恵の顔、可愛かったわぁ」

 同じように当時を思い返した亜希子が、むふふふふ、とだらしなく表情を緩めて笑った。彼女は元々名家のご令嬢だったので、当時から、雪弥達が信じられないような金の使い方をした。そうやって紗奈恵を喜ばせたり驚かせたりするのが好きで、父はそんな二人の様子を、いつも微笑ましく見ていたものだ。