そのため雪弥は、どんどん距離を詰めてくる緋菜を前に、どこかでヘマをして怒らせてしまったのだろうか、と返す言葉を慎重に考えた。最後に会った成人式や、その後の電話でのやりとりを思い返すものの、これといって身に覚えはない。

「久しぶりだね、緋菜。あ、少し髪も伸びたかな」

 ひとまず空気を変えれば、彼女の機嫌も直るのかもしれない。そう安易に考えて、笑顔で一番無難な言葉を口にしてみた。

 そうしたら、緋菜が片眉を怪訝そうに引き上げた。目の前に仁王立ちしたかと思うと、精一杯怒った表情を作ってこう言い放ってきた。

「雪弥お兄様、私は怒っているのよ? それにっ、まずは挨拶!」

 緋菜は、つま先立ちをして兄の顔を覗きこんだ。雪弥は降参のポーズを取りながらも、やはり出て来ない言葉のかわりに「うん、久しぶり」と返した。

 心底困っているような、下手くそな愛想笑いだった。それを目にした彼女は「仕方ないわね」と言って少し息を吐くと、いつもの穏やかな表情に戻した。