黒のコンタクトの経緯については、特殊機関について口にするわけにもいかない。なのでいつも通り、詳細を濁しつつ説明した。

「なんか『会社の上司』が、ちょっと目立つんじゃないかと言いまして」
「そうでしたか。そういえば雪弥様は、アメリカの大学を飛び級で卒業されて、今はもう立派な社会人でございましたね」
「えっと、まぁ、そんな感じです。アメリカでは普通だったんですけど、戻ってきたら『会社』のみんなは目が黒いし……?」

 雪弥は後が続かなくなり、内心どうしようかと悩んだ。すると宵月が「お仕事は?」と、静かに言葉を投げかけてきた。

 バックミラー越しに雪弥を見つめる彼の瞳は、冷静ながらどこか探るようでもあった。けれど雪弥はそれに気付かず、話題が移った事に安心して、笑顔でハッキリとこう言い切っていた。

「普通のサラリーマンをしています」
「ほぉ、普通の……それにしては、随分と誇らしげな顔をなさいますね」

 雪弥はシートに背中を預けると、長い足を組んで「そりゃあ当然ですよ」と続けた。

「何よりも、平凡で普通なのが一番ですから」

 そう言って呑気に瞳を閉じた雪弥を、宵月はちらりと見やっただけで、運転に専念するように視線を前へと戻した。広々とした後部座席と、運転席側を遮るための仕切りを下ろす事なく、アクセルを更に踏み込む。


 そして、午前十時五十分。

 二人を乗せた高級車は、蒼緋蔵邸へと続く第一の門扉をくぐり抜け、その広大な敷地に入った。