蒼緋蔵邸での思い出は、あまりにも遠くて、短い。

 もう二十年が経ったのだという実感が、不意に胸の奥に込み上げた。母が生きて幼い自分を抱きしめていた温もりも、本当にあった事なのかと疑ってしまうくらい、自分の中にある思い出が年月と共に薄れていると気付いたせいだった。

「それでも、あそこが貴方様の家であり、ご実家なのです」

 唐突にそんな声が聞こえて、雪弥は顔を上げた。
 バックミラーへと目を向けると、鋭い目を細めるようにして、こちらを見つめている宵月の視線とぶつかった。

 蒼緋蔵邸が『自分の家』だなんて、そんなのは考えた事がなかった。実家であるとは分かっているし、自分の家族が暮らしている大切であるとは知っている。けれど、――


 家族はいる。でも、僕が帰る家は。

 だって、母さんがいつも僕を迎えてくれた、あの小さなアパートの家は、もう随分前に無くなってしまったんだ……


 雪弥は知らず下ろしてしまっていた視線を、ゆっくりと外へと向けて「僕には、よく分からないけれど」と、静かに言った。