その時、苦しげに呻く声と共に、紗江子のすぐ後ろから一つの足音が上がった。宵月がハッと目を向けるそばで、雪弥も蒼慶と共に振り返り、闇の中から進み出てきた小さな影を見て――目を見開いた。

 そこにいたのはアリスだった。波打つブロンドの美しい髪に、レースの付いた小さな靴と、可愛らしいフリルのドレススカート。それは日中と変わらず清潔な様子であるのに、様子はすっかり痛々しくなっていた。

「お、母、さま」

 足をひきずるようにして出てきたアリスは、苦しそうに潰れたような声を発した。明るいブラウンの瞳は朦朧として涙ぐみ、その小さな唇からは、鋭い歯が飛び出して唾液が滴っている。スカートを握り締める小さな手は、すっかり白くなってカタカタと震えていた。

 君が殺したのか、とすぐに問う事は出来なかった。思わず雪弥は、アリス、とだけ小さく口の中で呟いていた。

 すると、その声が聞こえたのか、彼女がこちらへと力なく顔を向けてきて「……雪弥様」と、掠れて低くなった声で囁いた。その大きな瞳から、一粒の涙がこぼれ落ちる。