雪弥は、どこか母親にそっくりな紗江子を見つめ返した。よく分からない事を説く彼女の話している言葉が、まるで本能的な自己防衛が働いているかのように、ぼんやりと耳を通り抜けて一つも理解出来ないでいる。

 兄が彼女と、一体なんの話をしているのか推測がつかない。それなのに、それを集中して考えようという気持ちはなかった。目の前で桃宮勝昭が『殺され』て、目の前にいる紗江子が偽物で、敵対している現実が唐突過ぎるせいで実感が追い付かないでいるのか。

 ただ、彼女が口にする『あの子』という言葉については、誰を指しているのか理解には至っていた。蒼緋蔵家に来た訪問者は、全員で三人。先程、桃宮が『あの子が自分母親と弟を殺すなんて』という台詞が推測を押していた。

 兄から聞かされた話が脳裏に浮かぶ。そんな非現実みたいな事なんて、あるのだろうか、とも思う。けれど先日の学園の任務で、化け物と闘った一件もあってか、不思議と否定する気持ちも込み上げないでいる。