「うふふふふ。そう、旧藤桜家の『桜の精霊』さんよ」

 口許に手を添えて、紗江子がふんわりと微笑んだ。

「藤桜家の血が持つ『物語』は、夜に桜の化身となってしまう哀れな異形の物語……ほんと、皮肉よねぇ? 藤桜家は、江戸の末期に表十三家の加護のもと、名を桃宮と変えて未来永劫に『呪われた物語』を封印したと思っていたはずなのに、ここにきて特殊筋の娘を産んだの」

 紗江子の後ろにある闇の中から、ふと小さな呻き声が上がった。自由のきかない身体をひきずるようにして、体重の軽い一組の足音が近づいてくる。

 それに少し耳を傾けてから、彼女が再び口を開いた。

「可哀そうよねぇ。やや不完全だったせいで、身体に流れる血を理解出来なくて苦しんでいたの。それを『あの方』が手助けしてくださったのよ」
「不完全な特殊筋、というやつか……。婦人のふりをした貴様が言う『あの方』が誰かは知らんが、一体それはなんだ? どうやって完全と不完全を見分けている? どうして、それだけで早死にする?」