耳に、かこん、と何かが外れるような小さな物音が聞こえた。立ち上がって壁に向き直る蒼慶の後ろ姿を、雪弥は不思議そうに眺めつつ待っていた。

 後ろで明かりを掲げる宵月に、蒼慶が目で合図を出してから、両手で壁をそっと押しやった。すると、ズッと音を立てて、扉一枚分の大きさの壁が奥へと凹み始めた。

 隠し通路かと察して、雪弥は思わず口笛を上げそうになった。しかし、直前に気付いて咄嗟に自分の口を手で塞いだ。普段みたいにやったら、確実に兄に怒られてしまう。電話越しとは違って、耳を塞ぐことも出来ないので気を付けないと。

「…………雪弥様」
「宵月さん。僕はまだ何もやらかしてはいないので、放っておいてください」

 前を向いている兄に知られたら、どうしてくれる。

 そう思って雪弥が肩越しに睨みつけると、宵月が小さく首を横に振って「多分、勘付かれているかと」と、遠い目をして正論を口にした。

 奥へと押し込まれ続けているその壁は、人一人が通れる大きさをしていた。灰色のコンクリートが覗き、そこに数人の人間が立てるほどのスペースが出来ると、蒼慶が手で合図を出した。