「え。――あ、その、はい。すっかり夜も深い時刻でした。妻が遅くまで起きていて、申し訳なかったのを覚えています」

 自分に言い聞かせるように言いながら、桃宮が視線をそらして立ち上がった。まるでこれ以上詳細を問われるのを恐れるように、別れの言葉を述べて足早に出ていった。
 夕食を終えた広々とした部屋には、雪弥と蒼慶、宵月の三人だけが残された。離れていく足音が遠くなって聞こえなくなると、辺りは途端に静かになった。

「静かですね」

 やけに静かすぎるようにも感じて、雪弥は宵月を振り返った。耳を澄ませても使用人の動く気配がしなくて、これが普通なのだろうかと目で問う。

 蒼慶が読めない表情で、組み合わせた手に顎を当てる。その様子をチラリと見やってから、宵月が胸ポケットから懐中時計を取り出して、時刻を確認した。

「従業員の方々は皆、宿舎に戻っている時間ですね。朝が早いもので」

 その懐中時計は、蒼慶の左胸につけられている銀の装飾品と同じ柄が入っていた。彼は既に屋敷内の全てを任されているので、もしかしたら、蒼緋蔵家の中で与えられた地位を示すものなのかもしれない、とそんな推測が脳裏を過ぎった。