それは妹が生まれた年で、まだ雪弥も兄弟と顔合わせをしていなかった頃の話だ。当時を語ってくれた父も、詳細は教えてくれなくて、彼らの間で一体どういった言葉のやりとりがあって、騒ぎが勃発したのかは不明である。

 とはいえ、詳細は特に気にならない。雪弥としては、幼いながらに兄の将来を思って畏怖したし、いちいち誤解を招くような話し方をする宵月の変態性を再確認したわけで。

 つまり僕は、これから、あの二人と数年ぶりに会うわけか……

 あの二人と組み合わせを想像した雪弥は、嫌だなぁ、と心の中で呟いた。このままトンズラしてしまえないだろうか、と宙を見つめる彼の向こう側では、畑仕事に取りかかる準備を終えた男が、自分の住んでいる場所を自慢げに見回していた。

「ここの空気は、美味いだろう。俺も一度は出稼ぎで離れたけどさ、ここほど空気が美味い場所は、他になかったよ」

 唐突に話を振られて、先にしていた会話も思い出せないまま「はぁ」と間の抜けた返事をした。すると、彼が「で、兄ちゃんはこれからどうするんだい?」と続けて、何かを思い出したようにパッと瞳を輝かせた。

「母ちゃんが握ってくれた握り飯が一つあるんだが、食ってくか? 美味いぞ?」
「あの、えぇと、その大丈夫です。僕は隠れているだけなんで、そっとしておいてくださると助かります」
「隠れてる? 一体、何から?」
「あ。口が滑りました、ただ座って空気を吸っているだけです」

 その時、車扉の開閉音が聞こえて、男が「おや?」と振り返った。彼から数秒遅れて、雪弥も膝を抱えて座り込んだまま、自分の後ろにある斜面の上へと目を向ける。そこに立った人物と目が合って、「あ」と声が出た。

「雪弥様。あなた様の身体能力には、驚かされるばかりです」

 表情が豊かではない、むしろ子供が直視したら泣くレベルのいかつい顔面をした、ムキムキの長身執事――宵月がそう言った。