「そうですね。少しばかり、疲れてしまったかもしれません」
「紗江子婦人から、スケジュールはハードだったと伺っている。他の用事を済ませたあと、町の旅館で家族と合流したものの、数時間も休めなかったとか」

 珈琲カップを手に取りながら、蒼慶が美麗な薄笑いを浮かべて言う。

 まるでさりげなく探るみたいだなぁ、と雪弥は『兄がようやく妥協して出来るみたいな社交上の愛想笑い』を見ていた。桃宮が考える時間を稼ぐように、視線を手元へと落として、新聞紙をゆっくりと畳む。

「…………彼女は、そんな事を言っていましたか」

 そう確認するように呟くと、彼は畳んだ新聞紙をテーブルへと置いた。どこか疲れ切った無表情だったものの、再び蒼慶へと目を戻した時には、取り繕うように小さく微笑えんでいた。

「旅館に到着したあと、少し温泉で身を休めたのですが、スケジュールの都合上で二時間も眠れなかったものですから」
「つまり旅館に着いたのは、日付けも変わっていた時刻だったのか。それは大変だったな」