「ったく、おちおち話し合いの時間も取れんとは」

 彼がそう口の中で愚痴ってすぐ、扉の向こうから、自分達を呼ぶ亜希子の声が聞こえてきた。彼女はドアに鍵がかかっている事に少し腹が立ったのか、「ちょっと蒼慶、雪弥君を独り占めしないでくれる?」と強めに言ってきた。

「久々に雪弥君に会えて嬉しいのは分かるけど、あんたより断可愛いんだから、息子として私にも愛でさせなさいよねッ。すぐに一階に下りてらっしゃい、一緒にお喋りしましょうよ。アリスちゃんに合わせて、早い夕食にするつもりだから、そこも把握しておくように」

 そう言い残した亜希子が、パタパタと足音を遠ざからせていく。

 黙ったままでいる蒼慶の額に、ピキリと青筋が立った。宵月が真顔で「美しい兄弟愛ですな」と棒読みで言うと、その殺気が視線ごと向けられていた。

 雪弥は、その眼差しを受け止めた執事が、真顔のまま悦び震えるのを見て、とにかくもうコイツ嫌だな、と思った。

 というか亜希子さん、大いなる勘違いだよ……何せ兄さんは、僕に厳しい。

 心の中で、雪弥はそう呟いた。