「僕には、難しい事はよく分からない」

 改めて、考えたすえの結論を呟いた。すると、蒼慶が「私も分からん」と先程と同じ台詞を繰り返して、力のない顰め面を同じように窓の方へ向けた。

 窓から覗く空には、相変わらずのんびりとした青が広がっていた。小さな浮雲がゆったりと流れていて、どこまでも穏やかで鳥のさえずりまで聞こえてきそうな長閑さだ。まるで、蒼緋蔵邸の日常は、何も変わらずに続いていくような気もしてくる。

 雪弥は、これまであった仕事の記憶を手繰り寄せて、雪国であった一件を思い出した。遺伝子を弄られて狼人間にされた者を、そこで何十体も殺したのだ。

 犬のように尖った顔をした、大きく強靭な顎を持った男達だった。硬い獣の毛に覆われた皮膚を裂くと、赤い血が勢いよく拭き出したのを覚えている。それ以外の『標的』も、血は赤色だった事だけが、やけに鮮明に記憶の底に残っていた。

 でも、それだけである。

 だから、雪弥は考えながらも思ったままに、こう答えた。