「この地獄絵図のような光景の始まりや『特殊筋』について、はっきりとした事は何も分かっていない。けれど私としては、それが現代でもあり得るのではないだろうか、と警戒している」

 まるで、先の先に起こる『何か』を心配しているようだった。そう感じて、雪弥は宙を睨みつける蒼慶の様子を、少し不思議に思って見つめていた。

「なんだか深刻そうですけれど、他に警戒を強めるような出来事でもあったんですか?」
「十五年前に、私はお爺様を看取った。その際に、一族の全員を一旦退出させて、私だけに残された言葉が、ずっと引っかかってもいる」

 雪弥は、幼い頃に一度だけ見た、蒼緋蔵の先代当主を思い起こした。彼は杖をついた長身の老人で、階段の上から、訪れた自分達を長い間見下ろしていた。白い眉毛の下から、鋭い瞳で見つめてきたかと思ったら、何も言わずに歩き去ったのである。

 寡黙で、少し気難しいところがある人なのだと、父は気遣うように言っていた。二人の妻に腹違いの兄弟、という現状を自身が持つ規律から全て受け入れられないだけで、雪弥や紗奈恵を嫌っているわけではないのだと、そう説かれたのは覚えている。