雪弥は扉を後ろ手に閉めると、室内に少し入った場所で立ち尽くした。開かれている窓から覗く、木々の葉と青い空が、整然とした書斎室によく合っている。

 上質な革で作られた、応接席に設けられている黒いソファ。焦げ茶の滑らかな光沢を放つ、四つの足に支えられた重々しいガラスの長テーブル。正面にある窓の前には、立派な書斎机があって、廊下とは色の違う室内の床も、そこに立ちこめる匂いも自分の知らないものだった。

「…………そもそも、僕が大人になった兄さんの仕事部屋を『知らない』のも、当然だっけ」

 幼い頃にあった専用の部屋は、勉強部屋だった。そう思い返した雪弥は、佇んだまま室内の様子をぐるりと見渡した。これからどんな話を聞かされるのかよりも、事を済ませたら、速やかにここを出なければならない事を考えてしまう。

 長居は出来ない。だって、やはり自分がいたらいけない場所なのだ。大切な家族だからこそ、あの穏やかで温かな日常に水を差してしまうような、分家や使用人達の反感だったり余計な騒ぎを、発生させてしまいたくない。