そんな大柄な男のそばで、問われた女性が、パソコン画面に目を向けたまま眼鏡を掛け直した。艶のある小さな唇を一度引き結ぶと、吐息をもらすようにして小さく開く。

「遺伝子の変化が、更に進んでいます」

 そう答えた彼女は、動揺を隠すように、今度は指の外側で眼鏡を押し上げた。そのそばで、尋ねた凶悪面の男の褐色の手が、コピー機から出される紙の一つを取り上げる。その大きな手には、いくつも傷跡があった。

 つい、それを見つめてしまっていた女性は、「どうなんだ」と詳細を問う声と視線に気付いて、慌ててパソコン画面に目を戻した。肌寒さを覚える室内で、形のいい彼女の額には、うっすらと汗が浮かんでいる。

「それが、過去の記録と比較しても、恐ろしいほどのスピードで進んでおりまして……我々研究班も驚くばかりです」

 そう言って息を飲んだ。ありえない、そう首を振りかけた彼女を見て、男は険悪そうに顔を顰めたまま「身体に異常は?」と、続く言葉を遮るように口を挟む。

「いえ、実は異常がほとんど見られないのです。通常ですと、各細胞が死んでしまうほどの変化なのですが、前回同様その数値も変わっておりまして……」
「…………そうか」

 女同様、男も語尾を濁すようにして言葉を切った。しかし、そこには安堵の響きもあった。

 思わず男の唇から、「あいつの身体は、大丈夫なんだな」と自分で再確認する言葉がこぼれ落ちる。独り事だと分かっていながらも、女はその上司をチラリと見て「健康そのものですわ」と答えていた。