背中から桃宮の視線が離れたのを感じつつ、雪弥は、そんな二人をぼんやりと眺めていた。馴染みの薄い穏やかな空気のせいか、どうしてか母と過ごした日々が脳裏を過ぎった。


――命は儚いから、より愛おしく思えるのね。私は、大切な人達と一緒に歳を取りたいわ。きっと、その人の皺だって愛おしくなる。


 母の紗奈恵は、いつも幼い雪弥を抱きしめ、「これが『生きている』事なのよ」「温かいでしょう?」と教えた。よく「愛しい私の子」と言って、眠る前は額に口付けた。微笑んだ顔には優しさが溢れ、それは病床についても変わらなかった。

 どうか優しさを忘れない子でありなさい。儚い命の愛おしさを、私を通してきっと理解出来るはずだから。そう繰り返し言われ、それを何度も約束して、母を看取った。

 理解はしているつもりだった。それでも雪弥は、母が語る全てに共感してやる事は出来ないままでいた。花が散り、蝶が死ぬ事に対する実感の欠落。鳥の羽根を自らもぎ取り、野草を自身の足で踏み潰すさまを容易に想像してしまう。