その時、雪弥は兄と同じテーブル席にいた、桃宮勝昭の様子が少し変である事に気付いた。彼はどうしてか、死人のような蒼白顔を俯かせている。膝の間で組んだ手を見つめているその額には、汗が玉となってこめかみを伝っていた。

「そ、その話を、どこで」

 俯いたまま、桃宮がしどろもどろに口の中でぼやいた。

 まるで独り言のような口調だったが、その声を拾った蒼慶が、チラリと桃宮へと視線を戻した。兄が冷静な表情の下で、何かしら反応を探る気配を察知した雪弥は、緋菜達へと顔の向きを戻しつつも、さりげなくその様子を窺って耳を澄ませた。

「幼かった頃、妹に童話を聞かせてやった。あなたもご存知の通り、ウチの当主は読書家でもあり創作もする。同じようなものだ――ただの子供の『童話』だよ、桃宮前当主」
「ただの、童話……」

 まるで確認させるかのように、蒼慶が言う。薄らと笑みを浮かべる様子は、悠然と足を組み直す仕草も相まって、より美貌を引き立てていた。