ガラス扉を開けた宵月が、鼻から小さく息を吐いて「あまり危険な事はなさいませんよう、お願い致します」と言い、やや乱れた髪を後ろへと撫でつけた。

「蒼慶様は旦那様の不在中、蒼緋蔵邸の全てを任されており、お客様のお相手をしなければなりません。すぐにでも動きたいお気もちはお察ししますが、あなた様は蒼緋蔵邸の内部をよくは存じ上げていない。蒼緋蔵家の決まりで『役職』によって入れる部屋もあれば、入れない部屋もあるのです。ですから、勝手に『散歩』をされても困ります」

 うっかり迷い込んでしまわないかどうか、と問われれば自信はない。一族の権力的な事柄には部外者のつもりでいるので、それが関わる場所に間違っても足を踏み入れてしまうような事態は、避けたい気持ちはあった。

 だから雪弥は、素直に従う事にして「分かりましたよ、勝手に調べたりしません」と、降参するように胸の前で小さく両手を上げて答えた。そもそも、兄がこのように悠長にしている事については、一つの可能性も浮かんでいた。