前回の仕事の最中も、蒼慶には言われっぱなしで終わってしまったのだが、数年振りに面と顔を合わせて話せば、分かってくれるような気もする。

 きっと兄は、嫌がらせを含んだ気の迷いでも起こしたのだろう。幼い頃は、険悪な仲であったわけでもないのだが、大きくなるにつれて蒼慶に嫌われているような気がしてならない部分もあったからだ。

 時々電話が来るかと思えば、一方的に嫌味を言われて切られる事が続いている。先日、高等学校に潜入した任務でも、たびたび兄からの一方的な電話が入って困らされた。プライベートの携帯電話なら分かるが、現場支給の使い捨ての連絡番号に関しては、どうやって調べているのか大変謎である。

「さて。とりあえず数日はたっぷり眠ったし、頑張るしかないかな」

 本当は、蒼緋蔵邸を訪れる事だけは、避けたかったけれど――

 雪弥は口の中で呟いて、思わず苦笑をこぼした。たった数時間であっても、自分はあそこにいてはいけないのだ。家族以外の者に姿を見られたら、またしても騒ぎ立てられるだろう。

 幼い頃、屋敷にいた使用人に初めて陰口を聞かされた時、わけが分からなくて、胸が痛くなったままに逃げ出した事がある。迷路みたいな蒼緋蔵本館の中を走っていたら、兄の執事が迎えにきて「少し休んでから、ご家族様のもとへ戻りましょうか」としばらく一緒にいた。

 なんだかまともだ、と思っていたのだけれど、その後の会話で全て台無しになった。でも、不思議と胸の痛みはなくなっていた。

「うん、さくっと終わらせて帰ろう」

 次期当主である長男の蒼慶は、一筋縄ではいかない相手だ。苦手意識もある中、雪弥はそんな彼と、実にニ年ぶりの顔合わせとなる。

 会うのは、妹である緋菜の成人式以来だった。十分に心構えはしていたつもりだったが、いざ向かおうと特殊機関の総本部から出発して早々に、歩みは重くなった。面倒事が好きではない性格だったからだ。