「僕もですよ」

 どうにか、そう答えた。紗江子が夫の腕を取って「それでは、失礼しますわね」と、共に別れの挨拶をして、二階の廊下を客室の方へ向けて進んでいった。

 その後ろ姿を、雪弥は知らず目で追ってしまっていた。今まで母の面影を探した事はなかったのに、当時の事が蘇って胸が冷たく沈んだ。

「おい」

 不意に、不機嫌な声が聞こえて我に返った。数秒遅れで振り返ってみると、いつの間に出てきたのか、そこには仏頂面をした兄の蒼慶が立っていた。

「何やら、外が騒がしかったようだが」

 しばしこちらを見ていた蒼慶が、ふいと視線をそらして宵月に尋ねる。

「桃宮様とのお話しは、もうよろしいのですか?」
「もう済んだ。長びく報告でなければ、すぐに話せ」

 彼がそう言ってから、偉そうな態度で腕を組んだ。なんがた少し機嫌が悪そうだった。
 口を開いたら余計に怒らせてしまいそうな気もして、雪弥は説明を宵月に任せると、階段の中腹まで降りて再び段差に腰かけた。報告の合間に、チクチクと嫌味を言われてはたまらないし、すぐに終わる話も終わらないだろう。