微笑んだ紗江子を見やった蒼慶の瞳が、少し悲しげに細められた。珍しい息子の様子に気付いて、足を離した亜希子が首を傾げるそばで、当の彼女が「何か?」と尋ね、彼は「特に何も」と短く言葉を切って足を組み変えていた。


 新しく立ち上げる予定の事業について、桃宮が蒼慶に意見を聞き始めた。小難しい長々としたやりとりを見たアリスが、いまらなそうにして考えた後、金魚を見せようと思い立って緋菜を引っ張って部屋を出て行った。


 亜希子はその場に残って、紗江子と女性同士の会話を楽しんでいた。

 桃宮家の前当主だった桃宮勝昭は、蒼緋蔵家の分家出身である。昔は時々、家族を連れて泊まっていく事もあったが、家族付き合いというよりは一族同士の社交のようなもので、大抵は夫がメインとなって相手をしていたから、亜希子は彼の子供達や紗江子の事も、ぼんやりとしか覚えていなかった。

 だから、このように個人的に話す時間を、長く過ごした事はなかった。しかし不思議なもので、紗江子と話していると、時間も忘れてしまうほど楽しかった。

 亜希子は、何故もっと前から、親しい友人として付き合わなかったのだろう、と懐かしい穏やかな気持ちに包まれていた。これまで長く離れていた親友のようにも思える彼女の声や仕草に五感が奪われて、桃宮と息子の方の会話に注意をはらえない。

 なんだか自分がおかしい。頭の中がふわふわとしてきて、時間の経過が分からなくなってきた。プライベートの深い話なんてした事もないはずなのに、好きだわ、という気持ち一色に染まって、何も考えられなくなりそうになった。

 蒼緋蔵家の当主の妻として、普段の強気な自分はこんなんじゃないわ!

 そんな自分の心の声がしたような気がして、亜希子はハッとした。何もかも話してしまいたいような危うさから立ち直った時、不意にある古い思い出が蘇った。その人物が、目の前に座る彼女の姿に重なる事に気付いた。

 驚いた。この人、誰かに似ていると思ったら、紗奈恵に似ているんだわ。

 紗奈恵は、雪弥の母だった女性だ。穏やかに笑う瞳は、時々悪戯っ子の少女のような輝き見せ、それでいて指先まで優雅で優しい子だった。