会話が途切れたタイミングで、桃宮がまたしてもハンカチで額の汗を拭った。風通しを良くしたリビングは、昔よりも随分ぽっちゃりとした体形となった彼に、十分な涼しさを与えられないようだった。若々しい頃のままの美しい亜希子の視線に気付くと、彼は「おかまいなく」と苦笑してこう続けた。

「亜希子さんは、まるで変わりませんなあ」
「そんな事ありませんわよ。わたくしも、同じ年月分の歳を取りましたわ」

 亜希子は「うふふふ」と口許に手をあてて答えながら、息子の蒼慶がティーカップをテーブルへと戻しながら、続いて向けた視線の先に気付いた。髪が薄くなった桃宮の『頭』にまで話題が発展する可能性を察知し、素早く別の話題を振る。

「当主の件は、両家でお見合いがされた後だったとは聞いております。長い間、本当にお疲れ様でした」
「ありがとうございます、亜希子さん。今では、私の上の子供達も頑張ってくれていますし、負担がなくなったのは確かです。このままアメリカで隠居するのもいいのですが、ちょうどそこに、桃宮の新しい事業を立ち上げる計画を立てているものですから、あと十年はゆっくり出来そうにありません」

 答えた桃宮は、柔らかい苦笑で言葉を締めた。紅茶にもケーキにも手をつけないまま、開いた膝の上にやんわりと手を添える。蒼慶も、紅茶だけを時々口にするばかりで、テーブルに並べられたケーキのほとんどは亜希子や紗江子が進んで食べていた。