幼い頃に植え付けられた強烈な苦手意識からか、肩越しに無表情な顔が迫ったことを察知した瞬間、雪弥は反射的に後方へ回し蹴りを放っていた。背後にいた宵月が、鞭のように弧を描いたその軌道から、顔色一つ変えず身体を反らして避ける。

 雪弥は、彼の姿を目に留めたところで、ふと我に返った。しまった、うっかり本気で蹴り飛ばそうとしていた……と、肝が冷えてすぐに言葉が出て来なかった。

 振りきった足をぎこちなく下ろす向かいで、宵月が「やれやれ、恐ろしい方ですね」と、襟元を整え直した。

「わたくしだから良かったものの、当たっていたら打撲だけでは済まないような蹴りでしたよ」
「その、すみません。いきなり宵月さんに背後に立たれたので、本能的な嫌悪感が走り抜けて咄嗟に……」
「申し訳なさそうながらも、この状況でストレートに失礼な本音を述べるとは、さすがでございますね、雪弥様。その辺は、昔とちっともお変わりないようで」

 宵月は「まぁいいでしょう」と、位置を確認した蝶ネクタイから指を離すと、淡々と続けた。