ノエルが迷子になった事はないし、いつも道を間違えてしまうのは自分の方であるのだけれど、それでも心配してしまうのだ。誰の目にも見えない彼は、何かあったとしても「道を教えてくれないか」と尋ねる事もしないだろうから。

 賢いノエルの事だから、きっと遠くへは行かないだろう。

 スコーンの匂いに誘われて、すぐに戻ってくるかもしれない。

 そう考え直して歩き出そうとした時、ラビは服の袖を控えめに引っ張られて足を止めた。振り返ると、優しげな藍色の瞳で、どこか落ち着かない様子でこちらを見下ろしているセドリックがおり、その指先がジャケットを軽くつまんでいた。

 何か用があるのなら堂々と手を取ればいいのに、変な幼馴染である。優し過ぎるところがあるというか、相変わらず妙なところで遠慮するよなぁ、とラビは不思議に思った。

 廊下には二人しかいなくて、部屋の向こうから伯爵達の声が聞こえていた。
 きょとんとして見つめ返していると、そっと手を離したセドリックが、視線を泳がせて「あの」と歯切れ悪く言葉を切り出した。