握られている手を少し引き寄せられて、ラビはそちらへと意識を戻した。目を向けると、肩が触れそうな距離にセドリックがいて、こちらを覗きこんでいた。

「彼がそこにいるんですか? 何か言ってます?」
「ううん、とくには何も」
「何も言っていない……」

 セドリックが何かしら思案するような表情をして、自分の中で再確認するように「『とくには何も』とすると……」と独り言を呟いた。

「…………つまり反対はされていない……という事か……?」
「何言ってんの、セド?」

 ラビは思わず、馴染みのある愛称名で彼を呼んだ。
 一瞬セドリックがピキリと固まり、それから手で顔を押さえて「……早めにこの距離感が欲しい」と、どこか悲壮感を漂わせて、またしてもよく分からない独り言を口にした。

 その時、ノエルのげんなりとした声が聞こえてきて、ラビは少し覚えたその疑問を忘れた。

『すっかり忘れてたな……猫娘の匂いがする』

 ノエルの尻尾は、気分の沈み具合を表すように下がっていた。

 夫人が戻ってきているのなら、家族である白猫のビアンカも一緒に決まってるじゃないの。そう言おうとしたラビは、聞き慣れた中年夫婦の賑やかな声がする事に気付いて、そちらへと顔を向けた。