この状況であるのに、彼は慌てもせず、こちらを静かに見据えていた。美しい赤い獣の瞳が、気のせいか、炎のように淡い光が揺れているように見えて――


「ラビィ!」


 その瞬間、腹の底から名前を叫ぶセドリック声が聞こえた。起こる地響きと続く崩壊の騒音を裂くような、聞き慣れない力強い声が耳を打って、ラビはビクリとしてしまった。

 一体なんだと思って、勢い良く上の方へ目を走らせた。すると、凶暴な風のように突っ込んできたセドリックが、飛び上がって宙で身体をぐるりと捻ったかと思うと、巨大な瓦礫を軍靴の底でしたたかに打って、驚異的な威力で蹴り飛ばしていた。

 あいつ、人くらいの大きさの瓦礫を蹴り飛ばしたんだけど……普通、人間の足でそれって出来るものなの?

 ラビは、呆気に取られてしまい、びっくりする声を上げる暇もなかった。あっという間に、穴の入口が遠くなっていく中、ノエルが『……まぁ、ひとまずは回避だな』と息を吐いて淡く揺らいだ瞳の光を消し、彼女を背へ引き上げて、一緒に深い穴の底まで落ちていった。