しらすの彼

「昨日のあいつの様子がちょっと心配だったからね。家まではついてきてはいないと思うけど、念のため……」
「相良さん」
「ん?」
「和食と洋食、どちらが好きですか?」
 相良さんが、目をぱちくりと瞬く。

「和食と洋食? どちらかと言えば、和食かな」
「よかった」
 私は、相良さんの袖を引いた。

「ごはん、作ったんです。食べていってください」
 相良さんが驚いたような顔になった。
「でも」
「私、こんなことぐらいしかできないですけど」
 じ、と目を丸くした顔を見あげる。
「お礼を、したいんです」
 いきなりそんなこと言われたら驚くよね。相良さんが困惑しているのがわかる。

 よく知りもしない男の人を、部屋にあげることがどれほど危険であるかはわかっているつもり。
 でも、私のために、誰に頼まれたわけでもなく見守っていてくれた。
 この人が、小野先生と同じ迷惑な人だなんて思えない。
 だから、私は私にできる範囲で、相良さんにお礼の気持ちを示したい。

「あの、迷惑ですか?」
「とんでもない! だけど……本当に、いいの?」
「ぜひ。あ、でも味は保証しません。まだ、お料理、あまりできなくて。ちゃんと胃薬も用意しました」
 私が言うと、相良さんはちょっと笑ってくれた。
「じゃあ、ごちそうになろうかな」
「はい」
 私も、ほ、として笑った。



 私が用意した朝ごはんは、焼き鮭と、ハムとウィンナーと千切りキャベツを添えた目玉焼き。作りたてのお豆腐ときゅうりの浅漬けとたくあん。あとは梅干しとかのりとかご飯のお供。

 そして、見かければ買うようになってしまったしらす。今日はおろし大根を添えてみた。

「うわ、すごいね」
「相良さん、たくさん食べるって言っていたので冷蔵庫の中のものありったけ出しました。足りなかったらごめんなさい」
 じゃがいもとたまねぎのお味噌を渡す。ご飯は、急いで3合炊いた。足りるかどうかわからないけど、うちの土鍋じゃこれしか炊けなかった。

「十分だよ。あったかい朝ごはんなんて、どれくらいぶりだろう。嬉しいなあ」
 相良さんは、きちんと手を合わせていただきますというと、早速食べ始めた。
 もりもりと食べ物が消えていくのを、自分が食べるのも忘れて見つめる。
 気持ちよく食べる人だなあ。それに、食べ方も箸の持ち方もきれい。

 相良さんは、しらすの小鉢を見てしばらくはしを止めた。
「すみません。それ、少なくて」
 ちょっと冗談めかして言った。相良さんも笑ってくれる。

「さすがに5パックは一度に食べないよ。ちゃんと2回にわけて食べた」
「それでも、半分は一度に食べるんですね」
「炊事がめんどくさくなると、なんでも丼にしちゃうんだ。男の手料理なんてそんなもん。こんな風に、ちゃんとおろしまで添えて、なんて手のこんだことしないよ」
 いえ、ただ大根をおろしただけです。手なんてこんでません。

「あの時、浅木さんと夫婦に見られてたよね」
「おじさん、勘違いしてましたね」
「ちょっと嬉しかったな」
「え?」
 顔をあげると、相良さんはすでにお豆腐のお皿を手にしていた。

「作りたての豆腐なんて、初めて食べた。すごいね、こんなの作れるんだ」
「好きなんです、これ。よく母が作ってくれて」
 あの、その前の、嬉しかったは……
 するりと流されてしまったけど、今、すごく嬉しいことを聞いた気がする。

「うん、とってもおいしい! 土鍋で炊いたご飯て、美味いんだな。大変だったでしょう、こんなに作ってくれるの」
「いいえ、一晩中守ってくれていた相良さんに比べたらこれくらい」
 相良さんは、ばつが悪そうに私を見た。よほどばれたくなかったんだろう。
 困ったような照れたような顔がかわいい、なんて言ったら失礼かな。

「まあ、仕事がら慣れてるから」
「お仕事、ですか?」