「だって、小野先生が言ってたよ。浅木先生と結婚するんだって」
「ええっ?!」
思わず持っていた本を落としかけてしまった。
「しないわよ。小野先生、なにか勘違いしてるんじゃないかな」
「そうなんだー。結婚しないのかー」
「じゃあ浅木先生、僕のお嫁さんになってよ」
「あ、ゆうくんずるいぞ。じゃあ僕も先生のお嫁さん!」
「僕も!」
「私も浅木先生好きー」
僕も私もと騒ぎ始めた子供たちを微笑ましく見守る。
二年生って、まだかわいいなあ。
ほのぼのしかけて、は、と我に返る。
「とにかく。先生はまだ誰とも結婚する予定はないわよ」
「おやおや」
低い声がして振り向くと、小野先生だった。私は、子供たちに見えないように眉をひそめる。
「小野先生、子供たちに変な事言わないでください
「いいじゃないですか。いずれそうなるかもしれませんし」
くすくすと笑いながら、私を舐めるように見下ろす。あれもこれも文句を言いたいけれど、子供たちのいるところであまりきついことも口にできない。
「やめてください。私はそのつもりはありません」
「気の強いところも悪くないですね」
どう返そうか迷っているところで、チャイムがなった。
「みんな、本は借りたかな? まだの人は浅木先生にお願いして。借りた人は教室へ戻るよ」
「はーい!」
子供たちは口々に言って本を片付け始める。数人の子どもが私のところへ本を持ってきた。
貸し出しの手続きをしていると、背後を小野先生が通る。
「私は本気ですよ」
小さい声で言われて、ぞわり、と全身に鳥肌がたった。
嫌だって、言っているのに。
もう、無視! 相手にしなければいいのよ。そうすれば、そのうち飽きて他の先生に同じように声をかけるようになってくれるかもしれない。
こんなことで大好きな仕事をやめたくないもの。私がしっかりしていればいいのよね。
誰もいなくなった図書館で、私は大きくため息をついた。
☆
改札を抜けると、今日も外は暗かった。
図書室での会話をはじめ今日はやたらと小野先生にからまれて、心底疲れてしまった。なるべく無視してたけど、先生方の中で雰囲気を悪くすることもできないし。
職場の人間関係でもめるってよく聞く話だけど、まさかこんなことになるなんて思ってもいなかった。ろくに話したこともない私の、何がいいんだろう。
これからご飯作るのも面倒だし、もう今日はお弁当買って帰ろうかな。
こないだのことがあるから、あのスーパーもここ数日は行っていない。またあの中年男性がいたら嫌だし。
そんなことをぼんやりと考えながら何気なく振り返った私は、目を瞠る。
はるか後方になった改札を出ようとしているのは、なんと小野先生だった。あたりをきょろきょろとして誰かを探しているようだった。
なんで?! 私、住んでいるところなんて話したことないのに。まさか、つけてきたの?!
私は気づかなかったことにして、前を見て足を速めた。怖い。怖い!
「浅木先生」
遠くから声をかけられるけれど、聞こえないふりをして逃げるように歩く。本当は走り出したいけれど、気づいていることを気づかれたくない。
混乱している私の目に、見覚えのある背中が映った。さすがに走り出して、私はその腕にしがみつく。
「わっ?! あれ、浅木さん?」
「お願い、相良さん。このまま歩いて」
私のただならぬ様子に相良さんはちらりと背後を振り返って、きつい目つきになった。
「あの眼鏡の男? 知ってる人?」
「職場の人です。無視していたのに、しつこくて……なんで、ここにいるんだろう」
話している最中泣きそうになった。本当に、なんで。
怖い。
「浅木先生」
すぐ後ろで声をかけられて、相良さんにすがりついたまま振り向く。小野先生は、いぶかし気に相良さんを見ている。
「ええっ?!」
思わず持っていた本を落としかけてしまった。
「しないわよ。小野先生、なにか勘違いしてるんじゃないかな」
「そうなんだー。結婚しないのかー」
「じゃあ浅木先生、僕のお嫁さんになってよ」
「あ、ゆうくんずるいぞ。じゃあ僕も先生のお嫁さん!」
「僕も!」
「私も浅木先生好きー」
僕も私もと騒ぎ始めた子供たちを微笑ましく見守る。
二年生って、まだかわいいなあ。
ほのぼのしかけて、は、と我に返る。
「とにかく。先生はまだ誰とも結婚する予定はないわよ」
「おやおや」
低い声がして振り向くと、小野先生だった。私は、子供たちに見えないように眉をひそめる。
「小野先生、子供たちに変な事言わないでください
「いいじゃないですか。いずれそうなるかもしれませんし」
くすくすと笑いながら、私を舐めるように見下ろす。あれもこれも文句を言いたいけれど、子供たちのいるところであまりきついことも口にできない。
「やめてください。私はそのつもりはありません」
「気の強いところも悪くないですね」
どう返そうか迷っているところで、チャイムがなった。
「みんな、本は借りたかな? まだの人は浅木先生にお願いして。借りた人は教室へ戻るよ」
「はーい!」
子供たちは口々に言って本を片付け始める。数人の子どもが私のところへ本を持ってきた。
貸し出しの手続きをしていると、背後を小野先生が通る。
「私は本気ですよ」
小さい声で言われて、ぞわり、と全身に鳥肌がたった。
嫌だって、言っているのに。
もう、無視! 相手にしなければいいのよ。そうすれば、そのうち飽きて他の先生に同じように声をかけるようになってくれるかもしれない。
こんなことで大好きな仕事をやめたくないもの。私がしっかりしていればいいのよね。
誰もいなくなった図書館で、私は大きくため息をついた。
☆
改札を抜けると、今日も外は暗かった。
図書室での会話をはじめ今日はやたらと小野先生にからまれて、心底疲れてしまった。なるべく無視してたけど、先生方の中で雰囲気を悪くすることもできないし。
職場の人間関係でもめるってよく聞く話だけど、まさかこんなことになるなんて思ってもいなかった。ろくに話したこともない私の、何がいいんだろう。
これからご飯作るのも面倒だし、もう今日はお弁当買って帰ろうかな。
こないだのことがあるから、あのスーパーもここ数日は行っていない。またあの中年男性がいたら嫌だし。
そんなことをぼんやりと考えながら何気なく振り返った私は、目を瞠る。
はるか後方になった改札を出ようとしているのは、なんと小野先生だった。あたりをきょろきょろとして誰かを探しているようだった。
なんで?! 私、住んでいるところなんて話したことないのに。まさか、つけてきたの?!
私は気づかなかったことにして、前を見て足を速めた。怖い。怖い!
「浅木先生」
遠くから声をかけられるけれど、聞こえないふりをして逃げるように歩く。本当は走り出したいけれど、気づいていることを気づかれたくない。
混乱している私の目に、見覚えのある背中が映った。さすがに走り出して、私はその腕にしがみつく。
「わっ?! あれ、浅木さん?」
「お願い、相良さん。このまま歩いて」
私のただならぬ様子に相良さんはちらりと背後を振り返って、きつい目つきになった。
「あの眼鏡の男? 知ってる人?」
「職場の人です。無視していたのに、しつこくて……なんで、ここにいるんだろう」
話している最中泣きそうになった。本当に、なんで。
怖い。
「浅木先生」
すぐ後ろで声をかけられて、相良さんにすがりついたまま振り向く。小野先生は、いぶかし気に相良さんを見ている。



