「君の事、時々あのスーパーで見かけてたよ」
「私もです。しらすを5パックも買ってた時から、なんとなく」
「ああ、俺、大食いなんだ。体使う仕事してるし」
そうなんだ。現場とか、建設系のお仕事なのかな。その割には、日焼けしてるようには見えない。
「じゃあ、ご家族の分は半分くらいになっちゃいますね」
「え? あれ全部俺の分だよ。俺、一人暮らしだから」
「ええっ?!」
冗談のつもりで言った言葉だったのに、思いがけない答えについ顔を向けてしまった。
隣を歩く彼は、ほっそりとしていてとてもそんなに食べるようには見えない。
「だから大食いなんだって」
相良さんは、照れたように笑った。
あ。やっぱり、いい笑顔するなあ。
「浅木さん?」
「え、あ、はい」
「どっち?」
うっかりとその顔に見とれていた私は、交差点で立ち止まっていた。
「あ、あのアパートだから、ここでいいです」
私は、左手に見えるアパートの一つを指さした。ここには同じようなアパートがいくつも立っている。
「え、あそこ?」
相良さんはきょとんとアパートをみあげる。
「よく会うな、とは思ってたけど……本当に近所だったんだ」
「え?」
「俺んち、ここの5号棟」
「え! 私、2号です」
「ああ、反対方向になるから、スーパー出てからは顔を合わせたことがないんだな」
立地が東西にVの形に並んでいるこのアパート群は、むこうとこっちじゃ入り口の位置が背中合わせになる。だからスーパーからそれぞれのアパートまでは、そもそも通る道が違ってくるんだ。
「ご近所さんだったんですね」
「アパートってことは、失礼だけど、浅木さんも一人暮らしなの?」
「そうなんです。この春に就職したばかりで」
「そっか。俺、5号の105だから、なにかあったら駆け込んできなよ。それと」
相良さんが、すい、と顔を近づけてきた。
え? え?!
かあ、と顔が熱くなる。
(ち、近い!)
「俺が言うのもなんだけれど、得体の知れない男に個人情報をあっさりと話しちゃだめだよ。一人暮らしだなんて、他の男に言ったら絶対ダメ。セキュリティは厳しくね」
どきどきする私の耳元で、相良さんはそう小さい声で囁いた。
「は、はい」
「はは、ホントお前が言うな、って言われちゃうけどね。他言も悪用しないから、安心して。じゃあ、気をつけて」
「はい。ありがとうございました!」
ぺこり、と頭を下げて私は自分の家に向かう。階段をあがって自分の部屋の前から下を見下ろすと、相良さんはまだそこでこちらを見ていた。私が家に入るまで見ていてくれたんだ。
もう一度ぺこりと頭をさげると、相良さんは笑いながら手を振ってくれた。
部屋に入って、きちんと鍵をかける。
大きく息を吐くとようやく落ち着いた。
あー、びっくりした。ちょっと低い声が、まだ耳に残っている。
相良さん、か。こんなに近所に住んでいたのね。うちとか知られちゃったけど、悪い人じゃないと思う。これ以上、深くかかわらなければ大丈夫だよね。
そう思う反面、名前を知ることができたことを、嬉しくも思う。
既婚者ではないみたいだし、もうちょっとだけなら関わってもいいかな。もう少し、あの人の事知りたい、かな。
☆
「せんせー、結婚するの?」
「え?」
返却された本の整理をしていると、子供たちが声をかけてきた。
「結婚? どうしたの、急に」
「私もです。しらすを5パックも買ってた時から、なんとなく」
「ああ、俺、大食いなんだ。体使う仕事してるし」
そうなんだ。現場とか、建設系のお仕事なのかな。その割には、日焼けしてるようには見えない。
「じゃあ、ご家族の分は半分くらいになっちゃいますね」
「え? あれ全部俺の分だよ。俺、一人暮らしだから」
「ええっ?!」
冗談のつもりで言った言葉だったのに、思いがけない答えについ顔を向けてしまった。
隣を歩く彼は、ほっそりとしていてとてもそんなに食べるようには見えない。
「だから大食いなんだって」
相良さんは、照れたように笑った。
あ。やっぱり、いい笑顔するなあ。
「浅木さん?」
「え、あ、はい」
「どっち?」
うっかりとその顔に見とれていた私は、交差点で立ち止まっていた。
「あ、あのアパートだから、ここでいいです」
私は、左手に見えるアパートの一つを指さした。ここには同じようなアパートがいくつも立っている。
「え、あそこ?」
相良さんはきょとんとアパートをみあげる。
「よく会うな、とは思ってたけど……本当に近所だったんだ」
「え?」
「俺んち、ここの5号棟」
「え! 私、2号です」
「ああ、反対方向になるから、スーパー出てからは顔を合わせたことがないんだな」
立地が東西にVの形に並んでいるこのアパート群は、むこうとこっちじゃ入り口の位置が背中合わせになる。だからスーパーからそれぞれのアパートまでは、そもそも通る道が違ってくるんだ。
「ご近所さんだったんですね」
「アパートってことは、失礼だけど、浅木さんも一人暮らしなの?」
「そうなんです。この春に就職したばかりで」
「そっか。俺、5号の105だから、なにかあったら駆け込んできなよ。それと」
相良さんが、すい、と顔を近づけてきた。
え? え?!
かあ、と顔が熱くなる。
(ち、近い!)
「俺が言うのもなんだけれど、得体の知れない男に個人情報をあっさりと話しちゃだめだよ。一人暮らしだなんて、他の男に言ったら絶対ダメ。セキュリティは厳しくね」
どきどきする私の耳元で、相良さんはそう小さい声で囁いた。
「は、はい」
「はは、ホントお前が言うな、って言われちゃうけどね。他言も悪用しないから、安心して。じゃあ、気をつけて」
「はい。ありがとうございました!」
ぺこり、と頭を下げて私は自分の家に向かう。階段をあがって自分の部屋の前から下を見下ろすと、相良さんはまだそこでこちらを見ていた。私が家に入るまで見ていてくれたんだ。
もう一度ぺこりと頭をさげると、相良さんは笑いながら手を振ってくれた。
部屋に入って、きちんと鍵をかける。
大きく息を吐くとようやく落ち着いた。
あー、びっくりした。ちょっと低い声が、まだ耳に残っている。
相良さん、か。こんなに近所に住んでいたのね。うちとか知られちゃったけど、悪い人じゃないと思う。これ以上、深くかかわらなければ大丈夫だよね。
そう思う反面、名前を知ることができたことを、嬉しくも思う。
既婚者ではないみたいだし、もうちょっとだけなら関わってもいいかな。もう少し、あの人の事知りたい、かな。
☆
「せんせー、結婚するの?」
「え?」
返却された本の整理をしていると、子供たちが声をかけてきた。
「結婚? どうしたの、急に」



