しらすの彼

 そういえば、体を使う仕事だって言ってたっけ。夜中が強いって、警備員さんとか工場の人とかかな? 大工さんとか建築の人とかも、いわゆる現場の人も朝早そうなイメージ。
 何しているか聞いてもいいかな。

「ただのバイトだけどね。それより、昨日は不安にさせたらいけないと思って言わなかったけど、あの男本当に危ないかも」
 私もご飯を食べる手を止めた。相良さんの目はとても真剣だった。

「職場だからって、油断して二人きりになることはしないで。なるべく人といること。帰りは同じ時間にならないように、なんならしばらくは、駅からタクシーでもいい。自分の荷物の管理はしっかりすること。特に、家の鍵は絶対体から離さないで」
「はい」
「それから……」
 少し迷って、続けた。

「浅木さんさえよければだけど、時間が合えば、駅からここまで俺が送ろうか?」
「いえ、そんな! 相良さんに、そこまでご迷惑をおかけするわけにはいきません」
「どうせ俺も帰るんだから、ついでだよ。もちろん、毎日ってわけにはいかないけど」
「そうですね……それでしたら、時間の会う時だけお願いできれば、嬉しいです。私の帰る時間はいつも同じですから」

 実際、駅からスーパーまでは結構人通りがあるけれど、アパートの近くは住宅街になってしまって寂しい道が続く。暗くなってからひとりで帰るのは、少し怖い道だった。

「よかった」
 相良さんは、ほ、としたように言った。それからラインを交換すると、相良さんは食事のお礼を言って帰っていった。

  ☆

 月曜の朝、私はなるべくぎりぎりに学校に着くように出勤した。あまり時間があって小野先生と話すのも気まずかったし。

「おはようございます、浅木先生」
 なのに、いきなり小野先生に声をかけられて身構える。
 どんな顔して話したらいいんだろう。

「おはようございます、小野先生」

 ぎこちなく挨拶を返す。笑おうとしても笑えなくて、緊張した表情になってしまった。
 小野先生は、何事もなかったようにいつも通りの爽やかな笑顔だった。

「先日はすみませんでした。少し、私も動揺していたようです。彼にも、失礼なことをして申し訳なかったと、どうか伝えてください」
 あっさりと言われて拍子抜けする。

 あまりに予想外だったので、はあ、とまぬけな返事しかできなかった。それからすぐに朝礼の時間になってしまったので、小野先生はさっさと自分の席に戻ってしまう。
 私は、すとんと自分の席に座り込んで、大きく息をはいた。
 よかった。どうなることかと思ったけど、わかってくれたみたい。

 朝礼が終わった後、相良さんにラインする。
『小野先生は、すみませんと謝ってくれました。相良さんにもそう伝えて下さいとのことです。なにもなくて安心しました』
 すぐに既読になる。しばらく待っていると、返信が来た。

『それはよかったです。けれど注意は怠らないで。先日言ったことは必ず守ってください。俺は今日は早く帰れそうですが、駅で待ち合わせしますか?』
『私は職員会議があるので、今日は遅くなります。もう心配することはないみたいなので、一人で帰りますね』
 わかりました、と返信が来るまではかなり時間がかかった。

 スマホをしまって、安堵の息をつく。本当に、いい人だな、相良さん。
 今回のことは怖かったけど、相良さんと縁ができたのは嬉しかった。うん、怖い思い出だけにするのは嫌だもの。相良さんとお話ができるようになってラッキー、と思うことにしよう。

 そう笑った私の姿を、小野先生が遠くからじっとみていることには気づかなかった。

  ☆