「おじさん、しらす5パックね!」
元気な声が聞こえたのは、私が山盛りのしらすを前にしてまさに1パック頼もうとしてた時だった。
横を向くと、注文したのは背の高い若い男の人だった。どき、と胸がなる。
(あ、あの人だ)
仕事帰りに寄ったいつものスーパーは、夕飯の買い物客でごった返していた。
「あいよ!」
注文の入ったおじさんは、気前よくパックにしらすをいれていく。ふかふかのおいしそうなしらすを瞬く間に5パック作って袋に入れると、ずい、と私の前に突き出した。
「え?」
「なんだい、食べ盛りの子どもでもいるのかい? おかあちゃんも大変だねえ。はい、千円!」
私は困惑して、5パックを注文した男の人と目を見合わせる。たまたま二人ともスーツを着ていたから、確かに見ようによっては若夫婦と見えないこともない。
私はあわてて首を振った。
「ち、違います!」
「あれ? 5パックだよね」
「そうじゃなくて……」
「それ、俺のです」
男の人が恥ずかしそうに千円を差し出しながら、私に笑んだ。
「ね?」
「は、はい。そうなんです。私は別です」
「一緒じゃないのかい?」
きょとんとしたおじさんに、二人でこくりとうなずいた。
気まずいまま私もしらすを1パック買って、スーパーをあとにした。店を出る時にまだ買い物をしていたあの男の人と目が合って、どうも、なんて言いながら会釈し合った。年上なんだろうけれど、はにかんだ笑顔がちょっと可愛い。
スーパーを出て、暗くなった道をアパートに向かう。
あの人、初めてしゃべっちゃった。
彼は、よくこのスーパーで顔を見る人で、実は、ちょっとかっこいいな、なんて思ってたんだ。
初めてあの人を見たのは、同じかごに手をだして譲ってくれた時。やっぱりその時もにこにことしていて、その笑顔がとても素敵だった。次に見た時には、お年寄りの荷物を持って車まで運んでいた。いい人なんだなあ、とそれからなんとなく目に入るようになっていたんだ。
さっきの出来事を思い出して、ふふ、と笑う。
二人でいたら、夫婦に見えたのかな。おかあちゃん、だって。
でも、しらす5パック。一人暮らしの量じゃないよね。夕飯のおかずかな。きっと家に帰れば、いいパパなんだろう。あの人、そんな雰囲気を持ってた。
短大を出て就職したばかりの私は、まだ二十歳。初めての一人暮らしを満喫しつつも、慣れない仕事と生活に四苦八苦しているところだ。
そんな中で彼は、一服の心の清涼剤だった。別に、告白したいとか彼氏になってほしいとか考えていたわけじゃない。でもたまに見かけてちょっと嬉しくなって。アイドルみたいなものかな。
そっか、私と違っておひとり様じゃないのね。あー、残念。
お行儀悪くしらすのパックを振りながら、私はのんびりとアパートへの道を歩いていった。
☆
私は、図書室に鍵をかけて職員室へと向かう。
「浅木先生、お疲れ様でした」
鍵を保管箱に戻していると、低い声がして、ぽん、と肩に手を置かれた。
振り返らなくてもわかる。そこにいるのは、背の高い眼鏡をかけた若い男の先生。産休代理で2年生の担任をしている小野先生だ。
私は気づかれないようにため息をつくと、振り返った。
元気な声が聞こえたのは、私が山盛りのしらすを前にしてまさに1パック頼もうとしてた時だった。
横を向くと、注文したのは背の高い若い男の人だった。どき、と胸がなる。
(あ、あの人だ)
仕事帰りに寄ったいつものスーパーは、夕飯の買い物客でごった返していた。
「あいよ!」
注文の入ったおじさんは、気前よくパックにしらすをいれていく。ふかふかのおいしそうなしらすを瞬く間に5パック作って袋に入れると、ずい、と私の前に突き出した。
「え?」
「なんだい、食べ盛りの子どもでもいるのかい? おかあちゃんも大変だねえ。はい、千円!」
私は困惑して、5パックを注文した男の人と目を見合わせる。たまたま二人ともスーツを着ていたから、確かに見ようによっては若夫婦と見えないこともない。
私はあわてて首を振った。
「ち、違います!」
「あれ? 5パックだよね」
「そうじゃなくて……」
「それ、俺のです」
男の人が恥ずかしそうに千円を差し出しながら、私に笑んだ。
「ね?」
「は、はい。そうなんです。私は別です」
「一緒じゃないのかい?」
きょとんとしたおじさんに、二人でこくりとうなずいた。
気まずいまま私もしらすを1パック買って、スーパーをあとにした。店を出る時にまだ買い物をしていたあの男の人と目が合って、どうも、なんて言いながら会釈し合った。年上なんだろうけれど、はにかんだ笑顔がちょっと可愛い。
スーパーを出て、暗くなった道をアパートに向かう。
あの人、初めてしゃべっちゃった。
彼は、よくこのスーパーで顔を見る人で、実は、ちょっとかっこいいな、なんて思ってたんだ。
初めてあの人を見たのは、同じかごに手をだして譲ってくれた時。やっぱりその時もにこにことしていて、その笑顔がとても素敵だった。次に見た時には、お年寄りの荷物を持って車まで運んでいた。いい人なんだなあ、とそれからなんとなく目に入るようになっていたんだ。
さっきの出来事を思い出して、ふふ、と笑う。
二人でいたら、夫婦に見えたのかな。おかあちゃん、だって。
でも、しらす5パック。一人暮らしの量じゃないよね。夕飯のおかずかな。きっと家に帰れば、いいパパなんだろう。あの人、そんな雰囲気を持ってた。
短大を出て就職したばかりの私は、まだ二十歳。初めての一人暮らしを満喫しつつも、慣れない仕事と生活に四苦八苦しているところだ。
そんな中で彼は、一服の心の清涼剤だった。別に、告白したいとか彼氏になってほしいとか考えていたわけじゃない。でもたまに見かけてちょっと嬉しくなって。アイドルみたいなものかな。
そっか、私と違っておひとり様じゃないのね。あー、残念。
お行儀悪くしらすのパックを振りながら、私はのんびりとアパートへの道を歩いていった。
☆
私は、図書室に鍵をかけて職員室へと向かう。
「浅木先生、お疲れ様でした」
鍵を保管箱に戻していると、低い声がして、ぽん、と肩に手を置かれた。
振り返らなくてもわかる。そこにいるのは、背の高い眼鏡をかけた若い男の先生。産休代理で2年生の担任をしている小野先生だ。
私は気づかれないようにため息をつくと、振り返った。



