「最近になって、第三騎士団の管轄内で氷狼の被害が出ていまして、その、少し話を聞いて頂けたら、と……」

 このように仕事の話しを持ち出すのは珍しく、嫌な予感を覚えてラビが横目に睨み上げると、セドリックが途端に語尾を濁した。

 すると、ユリシスが、口をつぐんだ上司に代わって口を開いた。

「副団長の案ではありませんよ。あなたの事は、以前から少し話を聞いておりまして、我が騎士団内から『協力を頼んでみてはどうだろうか』と提案がありましたので、知識をお貸りしようと伺ったのですよ。何しろ辺境の地なので、獣師の手配も難――」

 ユリシスは勝手に話し始めたが、ラビは先を聞かず断言した。

「ヤだ。だから、話も聞かん」

 ラビは「オレは仕事があるから」と、片手を振って彼らの横を素通りし、伯爵邸に向かった。その後ろをノエルが追いかける。

 セドリックが「やっぱり」と項垂れる横で、話しを遮られたユリシスのこめかみには、見事な青筋が立っていた。

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 他人には振りまわされない。自分の意思を貫き通す。

 九歳という若さで自立したラビは、明日を生きるために毎日を積み重ねていた。彼女の密かな夢は、いつかこの村を出て旅をする事だ。成人扱いである十七歳を待って、いつかノエルと共に、金髪金目の『忌み子』と嫌われる事のない、静かに暮らせる土地を探しながら、夜と夜を紡いで、広い世界を見て回る事を夢見ていた。

 世界は大きくて、百以上に切り分けられた地図を収拾するのは困難だったが、薬草を買いに来てくれる人に頼んで、長い年月をかけて、少しずつ古い地図を手に入れていた。

 家にこもって地図を広げ、どこかに、自分が暮らせるような落ち着いた土地はないか眺め過ごすのは楽しかった。ノエルから話を聞きながら、地図の上にメモの走り書きを行い、人里や、立ち寄らない方がいい場所には×印を入れる。