先に動いたのは、黒大狼だった。彼は巨大な身体とは思えないほど俊敏にラビの前に回り込むと、彼女の近くにいた二頭の氷狼に牙を剥いた。

 他の氷狼達が、人間に見向きもせず野獣に向かって一斉に飛びかかった。

 黒大狼が五本の長い尾で薙ぎ払い、自分に噛みつく氷狼を振り落として前足で打った。眼下にいた三頭の氷狼に食らいつこうと口を開けると、三頭の氷狼達は反射的に逃げ出したが、黒大狼は構わず、怒り狂うままに強靭な顎で大地に食らい付いて地面を砕いた。

 我を忘れた野獣同士の、見境も容赦もない激しい戦いが始まった。グリセンとセドリックの咄嗟の判断で、騎士団は退避を命じられ、ラビの近くにいたヴァンとサーバルが、倒れたまま茫然とする彼女の身体を抱え上げて、大急ぎで騒ぎの中心から離れた。

 まるで縄張りを争う醜い獣のように、凶暴な狼達が、お互いの爪と牙を剥き出しに激しくもみ合った。

 黒大狼に噛みついた氷狼が、口許から煙を立ち上らせ苦しみもがいて地面をのたうち回った。黒大狼から流れ落ちた血は大地を焼き、氷狼から流れた血は、滴り落ちるごとに大地を凍らせていく。

 その様子は、中級クラス以上の双方の獣が、全く対極的な性質を持っている事を知らしめていた。しかし、黒大狼は戦いの中で氷狼の氷結の血を浴びたものの、凍るどころか途端に蒸発させてしまうぐらいに強烈な熱気を孕んでいた。

「あんな害獣、見たことねぇぞ!」

 ジンが喚いた。ラビは、ヴァンとサーバルに助け起こされながら、変わり果てたノエルの様子を茫然と見つめていた。

 セドリックが人を押しのけて、ラビの怪我の状況を確認した。傷が重症ではない事を知って、彼は半ば安堵の息をついたが、ラビの目は彼を映さなかった。

 グリセンと並んだユリシスが、息を飲む騎士達の前でラビを振り返った。険しい顔で「あれは一体何ですか」と問う。