そこには、折れた脚を引きずり歩く、一頭の大きな氷狼がいた。その頭上に腰を下ろした悪鬼が、真っ直ぐラビを見据えて、一つしかない赤い目を見開いたまま首を傾げる。

『――お前が、あの妖獣の使い手か?』
「え……?」

 言葉が喋れるのか、とラビが場違いな事を考えていると、悪鬼がニィっと目を細めた。


『ならば、使い手さえ潰せば、あの邪魔な妖獣は退場させられる訳だな。お前が、アレを召喚して従えているのだろう?』


 ラビには一瞬、悪鬼の言葉の意味が理解出来なかった。ノエルの口から【使い手】という言葉は何度か聞いていたが、妖獣やその使い手とやらも既に現代にはないはずで――

 そこまで考えたところで、ノエルの話を思い出した。悪鬼が、古い時代の記憶のままにいるのだとしたら、彼らの中では妖獣や使い手が、この世界に当然のように溢れていると思っているのだろう。

 ラビは、警戒して身構えた。

『お前からは力を感じないが、――まぁあの妖獣も特に能力はないようだから、たまたまガキの召喚契約が成功したって口か? 妖獣が、契約もなしに人間側につく事もあるまい』 

 悪鬼は考えるように続け、細かい針のような歯を見せた。

 ラビは、不意に五感が重くなるような違和感を覚えた。恐怖を感じた訳ではないのに、得体の知れない何かが手足に絡みついたように動けなくなった。ひどい耳鳴りがすると同時に立ち眩み、顔を顰めて耐える。

 それは、僅かな時間のはずだった。しかし、身体の違和感が解けると同時に、先程とは違う種類の騒がしさが耳に飛び込んで来て、ラビはギョッとした。

 知った声が口々に「逃げろ」と叫ぶ声まで聞こえて、ハッとしてそちらに目を走らせると、見開いた眼前の先に、こちらに飛び込んでくる二頭の氷狼の姿が見えた。

 その後方から駆けて来るセドリックやユリシス、ジンやヴァンやサーバル、気付いて蒼白するグリセンや、テトの顔が、やけにはっきりと認識出来た。