「くそッ、あの小娘! 後でみっちり取り締まってやりますよ!」

 ユリシスは、自分に品のない悪態を吐かせた少女に怒りを膨らませながら、慣れない体力戦を強いられる状況を、恨めしく思った。

             1

 二つの尾を持った黒大狼が、漆黒の身体で町の中を風のように駆け抜ける。

 馬に近い大きさをした獣の登場に、人々は混乱した。なりふり構わず走り続けるノエルの足や尻尾が、人を蹴り飛ばさないよう避けるたび、店先に出ている商品や、命からがら商人が捨て置いた荷物を弾いた。

 ラビは、ノエルの背に必死にしがみつきながら、人々の悲鳴や喧騒を聞いて「ごめんなさぁい!」と申し訳なくて思わず叫んでいた。

『悪鬼どもは、俺の気配に気付いて全員出てきやがったんだろうな』
「気配ってッ?」

 ラビは、ノエルの背の上で叫び返した。耳元で風が激しく鳴り、周囲の悲鳴や騒音も伴って自分の声が聞こえ辛い。

『妖獣には本来感知能力がある。あいつらは石で力を引き出しているから、もしかしたら、俺が探し回った気配を嗅ぎつけられたのかもしれない。あいつらの情報は過去のままだからな。横取りされると思ったのか、邪魔されると別の意味で勘繰ったか……とにかく、待ち切れず一斉に襲撃してきたって訳だ』