男装獣師と妖獣ノエル ~騎士団で紅一点!? 幼馴染の副団長が過保護です~

 その様子を見ていたユリシスが、面白くなさそうに片方の腰に手を添えた。

「残念そうな顔ですね。ずっと一緒だったという『親友』でも探していたのですか。まさか添い寝するほど仲がいいとは思いませんが」

 ユリシスは嫌味で言ったつもりだったが、ラビは、それの何が悪いのだというような顔をした。

「……? 男でもするだろ、添い寝」
「しませんよ!」

 ユリシスは即座に否定した。こいつは頭の中まで子どもなのか! と、その常識力を疑った。

 全力で否定されたラビは、ユリシスが口にした『親友』が、ノエルを指している事を遅れて察し、背筋が冷えてようやく完全に目が覚めた。

 そういえば昨日、テトに問われてノエルの話をしたのだった。そばには、ユリシスもセドリックもいたから、恐らく彼らにも聞かれていた可能性が高い。

 ラビは言い訳しようとしたが、うまく頭が回らず舌が乾いた。その間にも、セドリックが疑う眼差しで彼女の目を覗きこんでくる。

「ラビ、『ノエル』という男はなんですか。そんな男がいたとは聞いてませんよ」
 怒気を含んだ低い声でハッキリと尋ねられ、ラビは、どうしようかと必死に考えた。

「……えぇっと……だから、その、オ、オレの親友だよ」

 思わず答える視線が泳いだ。ラビは、セドリックが少ない村人の名前を全て把握していると知っていた。昨日の話をどこまで聞かれていたかは定かではないが、あまり言葉多く答えない方がいいような気がして口をつぐんだ。

 セドリックが納得しない顔をするそばで、腕を組んで様子を見守っていたユリシスが、ラビに追い打ちを掛けるようにこう言った。

「なるほど。同じベッドで寝て、普段はあまり寝かせてくれないうえに、元気な男の親友ですか。このまま二人でどこかに行こうと誘っておきながら、下心のない親友なんていますかね」
「なんで朝っぱらからそういう事を言ってくんのかな、お前はッ。なんの嫌がらせだよ? 男同士なら問題ないじゃん!」

 ラビは強く主張した。ユリシスは、自分の事を男だと思っているようだし、男同士なら問題のない状況である事を伝えようとしたのだが、何故か妙な顔をされてしまった。
 なんだろうか。オレが寝ている間に何かあったのか?

 なんだかますます不利な状況に進んでいるような気がして、ラビは慌てた。

「そ、それに、あれはオレが泣きやまなかったから、親が寝てる時こっそり抜け出して、気晴らしに付き合ってくれたというか……強くて優しい奴なんだよ、本当の兄貴みたいに面倒見がいいんだ」
「親が寝ている時こっそり――という事は、つまり九歳以前からの親友ですか」

 呟くセドリックから、ひやりと冷気が漂った。

 ラビは、なぜ二人の機嫌が朝から最高潮に悪いのか、不思議でならなかった。寝坊した事は悪かったと思うが、こっちは騎士団の人間ではないのだから、少しぐらい規律については多めに見てほしいし、放っておいてくれという気持ちもある。

 理不尽だ。何故彼らは朝っぱらから嫌がらせのように詰問してくるのだろうか?

 ラビは、追いつめられた状況に混乱して泣きたくなった。しかし、負けるもんかと、潤む瞳で二人を睨みつけた。

「お前らッ、朝っぱらからうるさい! 支度してオレは自分の仕事を進めるんだから、さっさと出てけ!」

 枕を思い切り投げつけられた男は、その際に彼女の肌蹴たシャツの襟元に気付いて、慌てて部屋を出て行ったのだった。
 起床後は食堂には向かわず、ラビは、書庫の鍵を返すため真っ先にグリセンのいる執務室を訪ねた。

 グリセンは早々に粥食を済ませて、朝一番の胃薬を飲んでいるところだった。ラビが一人で町を回ってくると告げると、「えッ、今から一人でかい」と青い顔をした。

 ラオルテの治安は悪くないが、一人では心細いだろうと彼は言った。ラビが強気で「ちょっと見て回るだけだよ、氷狼の件で調べたい事もあるんだ」と言い通し、仕上げとばかりに睨み付けると、気弱な彼は引き攣った笑顔で許可した。

 念のため、昨日ユリシスからもらったメモ用紙をしっかりポケットに仕舞ったラビは、建物を出てすぐ、入口に佇むノエルの姿を見付けると「行こう」と声を掛けて足早に歩き続けた。

『なんだ、機嫌が悪いな?』
「朝っぱらから面倒な説教をされたんだよ。すぐに追い出してやったけどさ」
『ふうん、そうなのか。起こしてやれば良かったな』

 ラオルテの町は、大きな荷車が多く行き交う事もあり、通りは広く造られていた。並ぶ建物の間を横断する道は、五台の馬車が並んでも余裕があるほどに広い。
 朝も遅い時間だったので、既に人通りは一際賑わい、町中が活気に溢れていた。

 ノエルは、ラビが朝食を抜いた事に気がつくと、いい匂いのする店があると彼女を誘った。そこは小さな食堂のようで、外に丸いテーブルと三脚の椅子が置かれた席が四組分用意されていた。

 通り過ぎる人間が、よそよそしくラビを見やった。金髪金目を見て珍しそうな顔を向ける男もいたが、多くの人々は、不幸をもらいたくないと言わんばかりに距離を開けた。

 朝食の時間を過ぎた店内は客足も引いていたが、厨房に立つ男も、ラビには良い顔をしなかった。悪いけど他にも客が入っているから、外で食べてくれないかと歯切れの悪い口調で言う。

 すると、店の奥からふくよかな身体をした中年の女が出てきて、彼を叱り付けた。

「ちょっとッ、あんた何いってんだい! 可愛らしいお客さんじゃないか」

 彼女は男を厨房に戻すと、ラビに「嫌な思いをさせてごめんね」と、卵サラダの挟まれたサンドイッチと「おまけだよ」とクッキーを三枚付けてくれた。ラビは礼を言って、外の席に腰かけた。
 不吉な金色を持つ人間に対する評価は、人それぞれだ。

 ラビは改めてそう思った。通り過ぎる人間の目には苛立ちを覚えたが、気にしないように心掛けて、サンドイッチを頬張った。

 ノエルはしばらくラビの足元にいたが、ふと顔を上げて遠くの方に耳を済ませた。

『ちょっと気になるところが出来た。……見てくるから、そこで待ってろ』
「何かあるの?」
『妙な気配が動いているのを感じる。一カ所に集められた【月の石】の場合は、移動する際に僅かな力の流れを生むから、可能性を考えて見てこようと思う』

 ラビは食べかけのサンドイッチを置こうとしたのだが、ノエルは『しっかり食え』とすぐに注意した。

『人間は弱いからな。ちゃんと食わないと倒れちまうだろ』
「そんな簡単に倒れないよ」

 ラビは人の目も気にせず、思わず「オレの事いくつだと思っているのさ」と頬を膨らませた。ノエルは苦笑したが、『とりあえず食っとけ』と、ラビを置いて人混みの中を駆けていってしまった。
 一人はつまらないなと思いながら、ラビは、しっかりサンドイッチを完食した。

 食後は、サービスでもらったクッキーを食べてみた。一口噛むと、甘い美味しさが口の中に広がり、朝から感じ続けていた苛立ちも忘れて、多分はわざと顰め面で澄ましているラビの表情も、つい自然と綻んでしまった。

 ホノワ村に菓子屋はないから、昔から、お菓子を売っている店がある土地には憧れていた。せっかくここまで出向いて来たのだから、隙を見て菓子屋というものを探して立ち寄ってみようかな、と呑気に考える。

「美味しそうに食べてますね、気に入ったんですか?」

 どこからともなく声が聞こえてきて、ラビはギクリとした。目を向けてすぐ、断りもなく向かいの席にセドリックが腰を降ろしてきた。

 ラビが「どっから沸いて出たんだ」と唇を尖らせると、セドリックが深い溜息をこぼした。

「慌てて探し回ったんですよ。少し休ませて下さい」

 セドリックは店員に水を要求した後、額に浮かぶ汗を拭った。用意された水を一気に飲んで深く息を吐き出すと、しばらくは何も話さず、コップの周りについた水滴を眺めた。

 考えるような表情からは一体何を思っているのか読み取れず、ラビは違和感を覚えつつも、二枚目のクッキーに手を伸ばした。
 食べ始めると、セドリックが足を組んで真顔で見つめてきたので、戸惑いつつ「食べたいのか」と訊くと、「いいえ」とそっけなく返されてしまう。

 セドリックが、テーブルの上で手を組み「ラビ」と静かな口調で言った。

「先日からの事ですが、あなたの調査については不思議な事があります。人に聞いていないのに氷狼の情報を把握していたり、突然一ヶ月以上前の事件を掘り返したりと、――そうですね、まずは今日の調査について、目的などを教えて頂けますか」

 走り回った疲労があるのか、いつもは優しいセドリックの眼差しが鋭く見えた。

 ラビは、尋問されているような気分になって言い澱んだ。

「……その、この町で、氷狼が凶暴になってしまう物があるみたいなんだ。町の外で殺されてしまった人がそれを持っていたみたいで、だから、それを探してる」
「言って頂ければ僕らも協力して動く事がます。何故黙っていたんですか?」
「えっと、確証がまだないというか……」

 目に見えない妖獣の悪鬼というものがいて、彼らに都合のいい魔法みたいな石がある、なんて言っても信じてもらえないだろう。
 ラビは、可能な範囲で出来るだけ答えたつもりだったが、セドリックは、まだ疑う目で彼女を見据えていた。

「ユリシスと確認しましたが、騎士団内で、あなたに協力を求められた人間はいませんでした。どこからそういう情報を入手したのかも気になるのですが」
「……えぇっと、その、動物の気持ちが分かるっていうか、考えている事が分かるというか」
「馬や鳥や猫から知れた、という事ですか? その才能があったから、狼も説得出来て、母上の様子もビアンカから聞いていたと?」

 半ば納得出来ないように、セドリックは眉根を寄せた。

 ラビが黙っていると、先に折れたとばかりにセドリックが大きく肩を落とした。珍しく冷静を欠くように髪をかき上げ、独り事のように呟く。

「動物といるあなたは、彼らとは意気投合しているように見えるから不思議です……つまり、あなたは動物の考えている事や気持ちを、まるで喋っているように正確に受信出来るんですね。ひとまずは、そういう事にしておきましょう。獣師には、うってつけの才能だと思います」

 でも、とセドリックはテーブルに視線を落として続けた。