確かあれば、五歳か六歳の頃、近所の子どもに石を投げられた日の夜の事だ。いつもの中傷なら「喧嘩は買ってやるぞッ」と平気だったが、その日は両親が悪く言われてショックを受けていた。

 悲しくて苦しくて、だけど家族に心配を掛けたくなくて、深夜に声を押し殺して泣いていると、ノエルが唐突に、外へ行こうと誘ったのだ。

 満月が、とても大きく見える夜だった。

 ノエルはラビを背中に乗せると、説明もないまま大空を駆けた。

 ラビは驚いて、大きなノエルの背にぎゅっと掴まった。村や大地が急速に遠くなって、月明かりをきらきらと弾く漆黒の毛並みの向こうに、遥か眼下の地上を恐る恐る眺めた時、ハッと息を呑んだ。

 月の光に照らし出された地上は、美しかった。

 星がとても近くで輝いていて、まるで夢のような光景に涙も止まっていた。

『泣くなよ、ラビ。笑ってくれ。お前は、笑顔が一番似合ってる』

 ノエルは、あっという間に森を越え、隣町の上も通過した。悲しい事も苦しい事も忘れて、ラビは彼の背に跨って一緒に夜空の散歩を楽しんだ。

 このまま誰も知らない何処か遠くへ行こうか、と、彼が呟くように問い掛けた。
 幼いラビは、彼が気をきかせて慰めてくれているのだと分かって、お父さんとお母さんを置いていけないよ、と答えたのだ。


 今になって思い返してみると、実に豪快な慰め方だったなと気付いて、ラビは思わず小さく笑った。ノエルがどこまでも一緒にいると言ってくれたから、両親を失った悲しみの中でも、毎日を強く生きる事が出来たのだ。