それから数年が経ち、仮想空間が確立した頃、初期の『マザー・プログラム』は『エリス・プログラ』として大きく進化した。

 その頃には、機器の技術も飛躍的に進歩していたが、私の『ナイトメア』は、カメラから拾う情報量が少し増えただけで大きな成長はなかった。それでも、私は時間を掛けて小さな友達を育てている喜びを、変わらず感じていた。

 けれど当時、私は頭を悩ませてもいた。

 偶然確立したといってもよい、仮想空間という研究には未知な部分が多かった。報告書に並べられた理論は、全て仮定と推測と憶測される内容の域であって、確認し、確信した真実ではない。

 謎は謎のまま残り続けていたが、誰も私の並べ立てる言葉に、否を唱える者はいなかった。

 この頃を少し過ぎた辺りだろうか。『ナイトメア』は、カメラから情報を拾い、自身で思考する事をようやく覚えて、私に話し掛けてくるようになった。

 とはいえ、反応は毎日のように歯怒らなかったし、言葉数も少ない。普段、他のスタッフの目がある時は決して動かない、恥ずかしがり屋のような人工知能だった。見せびらかす為の物ではなかったので、私も、彼女以外の誰かに話す事はなかったのだ。

 唐突に、あの頃の質問を覚えているかと、『ナイトメア』が訊いて来た。

 私はすっかり忘れていたので、「なんだったかな」と、搭載されたカメラの前で、一語一語をはっきりと区切って尋ね返した。すると、『ナイトメア』は、こう答えた。

――あなたはワタシに、夢ヲ視るのかと訊いた。

――夢ヲ見るのは、表にいる子。

 何故だが私は、一抹の不安を覚えた。『夢を見るのは表にいる子』という言葉は、仮想空間で会う彼女が、時折口走っていたものと同じだったからだ。