僕がそう思い返す中、隣では安樂が、ユミさんと喧嘩する前に行ったというホテルの話を始めていた。僕はそれも聞き流して、新しく出て来たビールを少し飲んで思いに耽る。

 そうだ。彼女は結婚する事が決まってから、とても穏やかな顔をして笑うようになったのだった――と、そう思い出した。

 小さな喧嘩が起こっても、僕らもまた安樂夫婦のように「ごめんなさい」「すまん」の言葉は出なかった。ただ、謝れない僕がどうしようかと悩んでいると、いつも彼女がそっとこちらを見上げて、ちょっと罰が悪そうに笑ったのだ。

――「お喋りがないと、つまらないね」

 彼女がそう言って、ピリピリしていた空気がふっとなくなる。僕は、それにとても救われていたんだ。だから大きな喧嘩には発展しなかったのだと、今更のように気付いた。

「なあ、聞いてるか? どうやったら、ユミちゃんは俺を許してくれると思う?」
「うーん、そうだなぁ」