敬人を傷つける者は、決して許さない。どんな手を使ってでも、絶望の底へ突き落としてやる。うんざりするほど愚弄し、否定し、やがて奈落の底へ蹴落とし、絶望を味わわせる。

 ずっと前から決めていたことだった。精々、最期の最期まで自らの行いを悔い、失った意識の中で無意味な後悔に蝕まれるがいい。

果てのない後悔を抱えているのに、それに支配されているのに、それは贖罪にならなければ自らを癒すこともない。絶望とはそういうものだ。

 鏡の中の自分を睨みつける。私はこいつを許さない。自分の欲のために敬人を傷つけた。誰よりも醜く穢れた心を持った存在。この期に及んで、抗うように見苦しくこちらを睨み返してくる。なんて醜い。

こんなものに価値などない。敬人を傷つけた。トキという心優しい女の子を騙した。

どこにでもいる男子高校生、敬人の友達、稲臣と紙原に心労を溜めさせた。こいつが敬人を傷つけなければ、彼らはたわいない話をして馬鹿笑いして日々を過ごしていたのだ。こいつは四人もの人の日々を狂わせた。

 敬人はどれだけ苦しんだだろう。どれだけ悲しんだだろう。どれだけの恐怖を感じただろう。トキはどれだけの怒りに駆られたのだろう。なにを思いながら、なにを感じながら、好きな人を傷つけたのだろう。

その行為にどれだけの苦痛を伴ったことだろう。稲臣は、紙原は、傷つく敬人を、うまく笑えなくなる敬人を見て、どれだけ心を悩ませたことだろう。友達のために、鴇田という女子にどれだけの感情を抱いただろう。紙原は、醜さの見え隠れする峰野という女を疑ってどれだけの感情を抱いただろう。

 私の欲のために、綺麗な心がどれだけ掻き乱されただろう。あの綺麗な心に、どれだけの悪意が宿っただろう。

 傷は滲んでよく見えなかった。痛みもよくわからない。ただ、そことは違うところが痛い。

 敬人、敬人……。

 敬人、ごめんね。ちゃんとできなくてごめんね。嫌な思いさせてごめんね。ふさわしい人との幸せ、ちゃんと願えなくてごめんね。邪魔してごめんね。

トキは、優しい女の子だよ。きっと、敬人にふさわしい。私がいなければ、私がちゃんとできれば、敬人は幸せになれたんだ。

 ごめんなさい、
 ごめんなさい、
 ごめん、
 ごめんね。

 「拓実」と震えるような叫び声がした。なにを見ているのかわからなくなった視界が、ぐらりと傾いた。